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清洲心理相談室ブログ

講演会原稿「思春期の心性」9

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 さて、話をC君の事例に戻します。C君は「イヤイヤ期」がなかった。つまり自分夫行動を自分で決めることの練習を幼児期に十分できなかったということです。これは思春期に負担になります。なぜならば、前に話したように思春期は親から心理的にも離れなければいけないという本能的な欲求が強くなり、自分という存在に目を向けるようになっていくからです。中学では必然的に先生の対応も厳しくなり、同級生同士の目も気になるようになります。C君の不安は強くなります。でも自分で「学校へ行きたくない」とはこの段階では言うこともできませんし、意識にさえ上りません。

 ちなみに多くの不登校の生徒は、特に不登校初期は「明日は学校へ行く」と言って登校の準備さえします。でも当日になると朝起きられなかったり体調が悪くなって学校へ行くことができません。

 C君の場合も、この時期本当に学校へ行きたいと思っているのですが、頭痛や腹痛、起きられないといった症状で、無意識と身体は拒否しています。

 不登校生徒への登校刺激はケースバイケースですが、C君のように身体症状まで出ている場合は控えた方がこじれないためによいようです。この時期にC君のお父さんのように無理に登校させようとするとこじらせるだけでなく本人との関係も悪くなります。

 そのために本人との直接のカウンセリングでなくお母さんとのカウンセリングをすることが多いのです。

 思春期と言っても高校生ぐらいになると、本人との言葉でのカウンセリングが成り立つようになりますが、中学生ではまだ自分の気持ち、感情を言葉で表す能力が未発達で、本人と言葉を使ってのカウンセリングがうまくいきません。まして不登校では外出もままならないので保護者とのカウンセリングが中心になりますが、そちらの方がうまくいく場合が多いのです。この時期は幼児期の課題のやり直しの時期と言いましたが、幼児期の課題をやり遂げて成長するためのセカンドチャンスでもあるのです。そのために、幼児期とは違ったありかたですが、同じように親が「安全基地」となってあげることが重要になるのです。

「幼児期の課題のやり直し」というとよく「赤ちゃん返りするのですか?」「甘えさせてやるにはどうしたらいいのですか?」と質問されます。たしかに一時期C君もそうであったように、お母さんに近づく時期を体験することも多いのです。男の子も女の子もお母さんと一緒に寝たがるなどということも良くあります。

 ただこれは、それまでのストレスからくる不安感を落ち着かせて安定しようとする自然な行動ですので、それを拒むこともこちらから近づいて「甘えさせる」ことも必要ありません。一時的なものだと考え、子どもが安心するまである程度応じてあげれば自然と消えていきます。

 このあたりの兼ね合いを、これまでこちらから働きかけてあげることに慣れていたお母さんはよくわからないことも多いのですが、私は「来るものは拒まず去るものは追わずで接してあげてください。」とお願いしています。つまり子どもが自分の意志で行動を決めることを受け入れてあげてくださいということで、自発性を大事にしてあげてくださいと言うことです。 

 話が少し逸れますが、思春期の子どもに接する時、「自発性」という言葉はキーワードです。これは子どもがなんでも思い通りにしてもよいという意味ではありません。子どもが自分から声を上げたり動き出す前に何かを与えるのではなく、自分の意志で何かを求めた時にそれを受け入れること、あるいははっきりとノーと言ってその理由を伝えることです。例えばスマホをいつどのように買い与えるかなどはいい例です。子どもは友達が持っているなら自分もと、早く欲しがるでしょうが、それをいつどのような条件で、どう使うことを求めるか?は子どもとの話し合いの良い機会になります。

 どうも日本では子ども個人の「自発性」を育むことにあまり重点が置かれてこなかったようで、親も教員も子どもにこちらから何かをあたえようとしがちになってしまいます。でも子ども自身が「欲しい」と感じ、手に入れるために言葉や行動を起こす前に与えてしまうことは、子どもが自分で「自分はこれが欲しい。」と思うチャンスを失ってしまうことでもあります。欲しがる前に与えられたものには、手にできた時の達成感がありませんし、自分はどんな気持ちを持っているのかを考えるチャンスも失ってしまいます。

 このことは物に限らず、青年期の可能性のようなものにも言えるでしょう。イギリスの有名な小児科医で精神分析家のウィニコットは青年期についてこう述べています。「青年は理解されることを求めていない。人に理解されるということがあれば自分で見つけたことにならない・・・青年期の問題を解決できるのはただ時間だけ。」

 

 続きます。

講演会原稿「思春期の心性」8

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 非常に具体的に語りましたが、今語ったC君のケースは実際の一つのケースではありません。ですが私が20数年不登校に関わった中での典型的なエピソードを組み込んで創作したケースですので、自分でもリアルに仕上がっていると思います。

 ここで強調したいのは、実際の不登校を見ていくと多くがC君の家庭のようにごくありふれた日本の一般的な家庭なのです。決して特別ではありません。

 さてC君の問題を先に述べた「アタッチメント形成」「イヤイヤ期」エディプス期」から見て考えてみましょう。

 C君は特に幼児期や小学校での問題行動もなく、アタッチメント形成に大きな不安定要素はありません。つまりお母さんのそばにいることで一定の安心感を持つことのできる関係ができているようです。

 でもイヤイヤ期がなかったということは、お母さんに逆らって自分の意志を出そうとすることに不安が強かったのかもしれません。あるいはお母さんの性格が相手を怒らせないように気を遣う人のようですので、C君もお母さんに合わせてお母さんに怒らない、怒らせないように子供ながらに気を遣ったのかもしれません。

 イヤイヤ期をうまく通り過ぎなかったら次のエディプス期でお父さんに反発することも困難なのですが、、その上C君の場合、お母さんはお子さんたちとの関係が強く、お父さんとお母さんとの関係に割って入るというエディプス期の三角関係もうまく成り立たなかったのだと思います。そうすると必然的に人と競い合ったり自己主張することが苦手で人に気を遣う性格になります。また必要以上にお父さんを怖がり、あるいは敬遠しがちにもなりやすいものです。

 このような幼児期の課題をやり残したまま思春期に突入したC君は、たぶんお父さんお母さん、そして自分自身の性格についていろいろな気持ちが芽生えてきたことでしょう。中学生になり、新しい大きな集団に入り、厳しい校則や部活動、級友たちとの関係を体験したC君は、反発することも自己主張することも思うようにできず、不安が一気に身体症状になって出てきてしまいます。それが頭痛、腹痛で、それがきっかけで不登校に突入します。

 話がいったん変わりますが、C君のような家庭が珍しくない中でどうしてC君が不登校になったのでしょう。

 C君のようにお父さんは子育てに積極的に関わらず、お母さんは人に気を遣う女性という組み合わせは珍しくありません。日本ではむしろ一般的ともいえるのではないでしょうか?またそのような家庭は昔からたくさんありましたが、なぜ昔はそれほど不登校が目立たなかったのでしょうか?

 ここにもうひとつの思春期の特性があります。小学校中学年ぐらいから「ギャングエイジ」「チャムシップ」とも呼ばれる、子ども同士の集団の絆が強くなる時期があります。大人から離れた世界で子供同士でグループを作り、その中で疑似家族体験をしていきます。昔は近所のきずなも強く、兄弟も多かったことからこの子供同士の集団には年代の違う子どもが集まり、その中で競い合いや自己主張をするチャンスにも恵まれ、同時に年長の子どもがお父さん役割を果たすこともありましたが、現代では子どもの数も減り、同級生との付き合いがほとんどになってきています。その上遊び方も変化し、競い合いやぶつかり合いも減ってきています。同質な仲間とだけの表面的なつながりでは十分な疑似家族体験にはなりません。

 ちなみに子ども同士の「チャム」や「ギャングエイジ」のようなグループで疑似家族体験をすることはC君のような思春期危機を回避するひとつの方法なのですが、そこには危険もあります。そのグループが非行グループであったりいじめが頻繁に起きるような問題のあるグループの場合、その影響を強く受けるからです。

   続く

 

講演会原稿「思春期の心性」7

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 久しぶりに再会したC君は私よりも背が高くなっていて、顔つきは大人になりかけた少年のものでした。私との会話で慣れてくるとC君は家での生活が退屈になってきたこと、直接自分に言わずにお母さんに文句を言うお父さんに腹が立っていたことを語り、でも最近は自室で好きな女性歌手の歌を聞いて過ごす時間が一番ほっとする、とその歌手の魅力を語ってくれました。その歌手も中学の時に不登校を経験したということを知り、自分も負けないように強く生きないとと思った、と話してくれました。

 それからのC君は、一週間に一度私との面接に現れ、好きな女性歌手の話や最近の出来事を語ってくれるようになり、っまた父親への不満、母親は好きだが自分のことを心配し過ぎることがうっとおしいということ、将来はまだ決めていないが高校や大学には進みたいと思っていること、学校へ戻りたいがクラスメイトに受け入れられるかどうか不安なことなどを語ってくれました。しばらくすると自分の意志で一日数時間登校を再開してクラスに顔を出し、疲れると保健室で休み、少しずつ教室にいられる時間を増やしていきました。

 三年になり、C君は「まだ将来は決めていないが大学に行きたい。中学では友達を作れず青春らしいことを楽しめなかったので、高校ではそういう体験をしたい。」と語り、進学のためにできるだけ登校日を増やすようにがんばりました。遅刻や休む日もありましたが、一年二年に比べると見違えるほどに登校できるようになり、遅れていた勉強も先生に教えてもらいながら少しずつ追いついてきました。

 進学先は、自由な雰囲気でC君が気に入った私立高校に出願し、推薦で合格ができ、C君ご両親ともに心からホッとしました。

 C君のお母さんは私に「休み始めた当初はまさかうちの子が・・・と混乱して不安でいっぱいで、焦ってCの気持ちも考えてやれなかったと思います。親戚や近所の目も気になって自分も引きこもりたくなっていました。でも先生とのカウンセリングで自分自身が人の目を気にするあまり言いたいことも言わずに子どもと接してきたために子どもも自分が出せなくなったように思います。とりわけCは初めての子で男の子だったためにどう接したらよいのか分からずにうまく育てなければと気負っていたのだと思います。主人にももっと言いたいことを言ったり助けを求めたりすればよかったのですが、私も若かったのでできませんでした。今回のことで主人とも話し合う機会が増え、今はっ自分自身が楽になりました。Cのことはこれから基本的に彼に任せようと思います。困った時だけ話し合っていきたい。」とおっしゃって卒業されて行きました。

 その後高校では順調に休むことなく登校し、C君の願い通り青春を満喫している様子です。

    続きます

 

講演会原稿「思春期の心性」6

 お母さんとのカウンセリングで私が最初に目指したことは、まずお母さん自身の不安を鎮めることでした。大抵の不登校の場合

 お母さんの不安が本人に直接伝わりやすくなり本人もまた不安でゆっくりと休めないからです。お母さんには、C君の今の状態は本人の仮病ではなく心の不安が身体に出ている状態であることを伝え、C君の状態への私の見立てをざっと伝えました。そしてもしC君の不登校がこのまま継続しても、現在はいろいろな進路が選択肢としてあり、将来の不利にはなりにくいこと、私がこれまで出会ったたくさんの不登校の生徒も大部分が回復して元気に過ごしていることを伝えてお母さんに安心していただきました。

 お母さんとの週一回のカウンセリングで分かってきたことは、お母さん自身がご主人に対して不満を持っていたけれどもそれを見せずにこれまで過ごしてきたとのことで、男の子であるC君の気持ちを母親の自分よりもお父さんに聞いてほしいのにお父さんはC君との関りを諦めていることに対して不満を口にされるようになってきました。「これまでは真面目に働いている主人に不満を言ってはいけないと我慢してきたところがありました。あの子が反抗期がないと言っていましたが、あの子だけでなく私も主人に言いたいことを言わないできたのですね。」とぽつぽつとお話をされるようになり、ご自分の小さい頃がまんしてきた気持ちを語り、「息子には我慢させたくないと思ってきましたが、私の我慢があの子にも伝わってあの子自身も自分を出すことを遠慮してきたのかもしれません。」と仰るようになってきました。

 一方、C君はお母さんの不安が落ち着くに従って家の中では落ち着いてきてお母さんとも話をするようになってきました。一時期はしきりにお母さんに自分の今やっているゲームの話や関心のあるTVの話をしたがり、お母さんと一緒に居たがる時期がありましたが、しばらくすると家ではごく普通に過ごすようになりました。しかし自室で夜一人で好きな女性歌手のYouTubeなどを聞くことが増え、朝起きられなくなりました。私は担任の先生と話し合って、家庭訪問は週一回程度にしてもらい、「本人が出て来ない場合は無理に会おうとせずお母さんとお話するだけでいいです。C君と話ができたら登校を促すような話はせず、C君の興味のある話題を話してください。」とお願いしました。初めは隠れていたC君でしたが、半年ぐらい後にひょっこり顔を出し、何気ない話や好きな歌手の話などをするようになってきました。

 家庭では平穏に過ごせるけれど登校できない状態が続きましたが、二年になったある日、お父さんがお母さんにC君の生活態度のことで小言を言った時にC君は「お父さんは自分勝手だ!僕が学校へ行けないのは僕の責任だからお母さんに言わずに僕に言ったらいい!」と怒ってお父さんとお母さんを唖然とさせました。C君がこんなふうにお父さんに反抗したのは初めてだったからです。この件でお父さんもさすがにこれまでの対応を考え直してくれたようです。

 この件をきっかけにC君はお母さんへの不満、お父さんへの不満をお母さんに対して口にするようになってきました。そして面接の比にお母さんはC君を連れてきて「本人が先生とお話したいと言っているので連れてきました。」と。約一年半ぶりに私はC君と再会しました。

 

講演会原稿「思春期の心性」5

 ここでちょっと中学生不登校の典型的なケースを挙げてみましょう。ケース自体は私が担当した相談のありふれた例をつぎはぎして創作していますので特定のケースではありません。

 C君はお父さん、お母さん、二つ下の妹との4人家族です。お母さんの話では、お父さんは真面目で仕事熱心な人。C君が小さい頃は遊んでくれたが、仕事が忙しくなったこともあり小学校に入ってからはあまりお互いに話をしない。小さい頃のC君は特に問題もなく育てやすい子だった。イヤイヤ期も目立たなかった。下の子が活発で主張する子だったので、同じ子でもこんなに違うものかと思ったのを覚えているそうです。

小学校の頃のC君は特に問題もなく先生に叱られることもなかったが、自分から積極的に友達を作る方ではなかったそう。

 C君は中学に入り運動部の部活にも入り張り切っていましたが、中一の5月ごろから次第に朝起きにくくなりました。お母さんが何度起こしても起きられずまた寝てしまいます。起きても「頭が痛い。」「お腹が痛い。」と言って元気がありません。お母さんは心配して内科の病院へ連れて行き、検査を受けますが異常は見られません。医師には「精神的なものでしょう。」と指摘されます。

 これを聞いたお母さんは「うちの子が不登校に?」ととても不安になり、お父さんに相談します。お父さんも真面目な方だけに焦り、声を荒げてC君を叱ってしまいます。C君は硬い表情で黙り込んでいます。朝起きられない症状はさらに悪化し、怒って引っ張って連れて行こうとするお父さんに対してC君は硬く心を閉ざしてしまい、、お父さんが帰ってくると自室にこもり顔を合わせないようになりました。

 お父さんは諦めて「自分がかかわると余計にこじれるからお母さんに任せる。」と言ってその後いっさいC君に関わることを止めてしまいました。お母さんは不安を一人で背負うことになり焦ります。自分の育て方のどこが悪かったのだろう?と自分を責めてお母さん自身が辛くなり眠れなくなってしまいました。担任が電話をかけてきた折にお母さんは「困っています。」と打ち明けて、スクールカウンセラーに紹介されてきました。

 私が初めて会ったお母さんの印象は、物腰の柔らかい、優しい印象の方で、C君の今の様子を真剣に心配しています。「他のお子さんは学校へ行っているのにどうしてうちの子は行けなくなってしまったのでしょう?私の育て方がいけなかったのでしょうか?このままでは高校に行けなくなり、将来引きこもりになってしまうのではないでしょうか?」と心配されています。お母さんご自身のことも含めてお話を聞かせていただくと、お母さん自身は真面目だがお酒を飲んであまり子どもに関心のない父親と世間体をきにする忙しい母親の元に三人姉妹の長女として生まれて下の妹たちの面倒をよく見たとのことでした。知人の紹介で結婚したご主人の印象は、優しそうでよい父親になりそうとのことですが、実際結婚してみると会社が忙しくなり、家族と触れ合う時間はあまり取れなかったとのこと。C君が不登校になったことを姑にも実のお母さんにも打ち明けていません。理由は心配させたくないからとのことでした。

 C君は一度だけお母さんに促されて私と会いました。まだ背は低く線の細い印象で、青白い顔色でした。私との会話でも「うん」とうなづくだけで、あまりしゃべろうとしません。学校でのカウンセリングは今の段階では無理と判断し、お母さんとのカウンセリングの約束をしました。

 続きます。

 

講演会原稿 思春期の心性4

 この時期の後もうひとつ子どもにとって大切な課題の時期があります。それはエディプスコンプレックスといって、お聞きになったことがあるかもしれませんが、フロイトが提唱した概念で、無意識的に男の子がお父さんと競争してお母さんをお父さんから取ろうとし、女の子がお母さんと競争してお父さんをお母さんから取ろうとするという時期です。

 これはどういう意味があるのかと言いますと、子どもが自分の性別の違いを認識するとともに、お母さんと自分の世界、あるいはお父さんと自分の世界という一対一の関係から脱して、自分にとってもう一人の重要な人物を意識する時期です。

 その時子どもはどちらか一人を独占しようと試みますが、最終的にはどちらも自分にとって大切な存在で、しかもその二人はパートナーだということを納得しなくてはいけなくなります。そして誰かを独占するのではなく、三人以上の関係でお互いに張り合ったり大切にしたりということが自然にできてくると、それから先の人生で異なる個性の人とうまくやっていったり集団の中で自分の意見を主張したりすることにあまり困難を感じなくなってきます。また、異性のパートナーと助け合って生きていきたいという将来の願望の基礎にもなります。

 やっとここまでで幼児期に達成する目標が出そろいました。エディプス期が大体4歳ぐらいですが、そこから先の学童期は潜伏期といって、無意識のレベルでは比較的穏やかな時期として過ごすことができます。もちろんその時期にも登校渋りや問題行動が出てくる場合もありますが、それは大抵、一つ目のアタッチメント形成が不完全なためがほとんどで、環境の調整が整うと比較的早く収まります。

 そしていよいよ最初にお話した思春期に突入します。思春期を迎えると子供の無意識はそれまでと一変して激しく動き出します。思春期の始まりはその子によって異なりますが、女の子は早ければ小4から小5、初潮の時期ですね。男の子は小6から中学に入ってからでしょうか。

 最初にお話したように、第二次性徴が始まるあたりになると、親から距離を取り、独立したくなるという生物としての本能が動き出します。すると普通、イライラしたり親の言葉に反発したりします。特に男の子は学校での出来事をあまり話したがらなくなります。女の子もお父さんに対してよそよそしくなり、お父さんを悲しませたりします。

この時期、子ども自身もこれまでと違うこころと身体の変化を体験するために、とても不安定で不安な思いをしています。自分自身のそのような変化、周囲の同級生の変化を自覚して、これまでのようには恥ずかしくて親に甘えられないと感じるのですが、反面、不安な時には親しい人に近づいて安心感を得たい気持ちとの板挟みになります。「近づきたいけれど離れたい」これが思春期の一番の特徴です。

 ちょうどその時期に中学に入学して大きな集団に入り、部活や試験、塾というような未知の不安な体験に挑戦しなければならなくなります。これは思春期を迎えた子どもにとって大変なストレスです。

 そんなわけで小学生の不登校よりも中学生の不登校の数の方がぐっと増えることにもなるのです。

講演会原稿「思春期の心性」3 

 前回のブログからかなり経過してしまいました。暑い夏がやっと終息に向かい、お盆休みをいただいていた当相談室も明日から再び営業となります。

 さて、前回からの続きです。

 赤ちゃんが最初に達成する必要があるのはこのアタッチメント形成ですが、もう一つ次に重要な時期があります。それはイヤイヤ期と呼ばれる第一次反抗期です。お子さんが最初に発した言葉は何だったでしょうか?一番多いのはママ、マンマですが、イヤという言葉も比較的早期から出てきます。ちなみに私は以前大阪に住んでいましたが、近所の赤ちゃんが最初に「イヤ!」でなく「アカン!」というのを聞いて感動しました。

 発語と同時に反抗が始まるというのは、とても面白い現象だなと思います。言葉を発するということは相手とのコミュニケーションを意図していると同時に別の対象と意識しないといけないからでしょうか?大人でも「わざわざ言わなくても気持ちを分かってほしい。」と、私たちは親しい人に対して思ったりしますが、言わなくても相手が分かるはずだというのは、相手と自分とがいっしょだという一種の甘えがあるように思います。

 話がそれましたが、つまりイヤイヤ期というのは、周囲の大人にとっては大変ですが、子ども自身にとっては、自分の意志は相手とは違うのだ、自分の行動は自分で決めることができるのだという一種の発見です。子どもは「イヤ!」と怒りながらどこか楽しそうですね?自分の行動は自分でコントロールできるという発見と共に相手もある程度コントロールできるということを発見してわくわくする気持ちもあるからです。

 しかしこのイヤイヤ期はアタッチメント形成ほどには当たり前に表れるものではありません。なぜならば自分が頼りにしているお母さんに向かってはっきりと「イヤ!」と意思表示して反発することは、不安を和らげてくれる大切な対象を傷つけて怒らせる危険があるからです。それは子どもにとって未知の冒険で、かなりの勇気がないとできないことだからです。

 アタッチメントが基本的にお母さんに近づくことで不安を和らげるのに対して、イヤイヤ期はお母さんと自分とは違う意志を持つのだということ、つまりお母さんから独立した存在だと主張すること、お母さんから離れて自尊心を保つことです。

「近づくこと」と「離れること」。この二つが後に思春期に起こる心の変化と密接に関係してくるのです。いわば思春期に起こる葛藤の序章のようなものです。

 有名な理論家のマーラーは、乳幼児の発達をアタッチメント形成とイヤイヤ期を含めて「分離個体化期」と名付けたのですが、これは単純に言うと幼児がお母さんと近づいたり離れたりしながら成長していく様子を理論的に説明したものです。このように幼児期の子どもの成長には、自分の安心できる人と外の世界を自由に行き来できることが大切になってくるのです。よく言われる「安全基地」としてのお母さんです。

 この二つの時期をうまく通り過ぎた幼児は、お母さんと自分は別の人間で、お母さんには別の意志があることを実感として理解できるようになります。そして自分の主張を伝えつつお母さんを気遣えるようになります。自分とお母さんが別の人間で違う意志を持つことを実感として理解するのです。

講演会原稿「思春期の心性」2

『人が赤ん坊として生まれた直後はご存知のように24時間誰かに面倒を見てもらわなければ生きていけません。人以外の哺乳類はそれほど無力ではないのですが、例えば猿の赤ちゃんは生まれた直後からお母さんにしがみつくことができます。でも人間の赤ちゃんは生まれた直後かなり無力な存在で、24時間誰かに保護され、養育されなければ生きていけませんね。

 その時点ではただ不快になると泣くだけです。でもしばらくたつと自分が泣くことでsおのふかいかんをとってもらうように相手をコントロールできると気が付くようになります。例えばお腹が空いた、あるいは寂しい、おむつが濡れて不快だなどという時に泣くとそれを和らげてくれることに気が付くと、次第に一番自分を世話してくれる人、多くはお母さんなのですが、その人を他の人とは違う存在だと認識でき、その人に向かってほほえんだり泣いたり声を発したりします。お母さんに要求すると答えてくれることを覚えるのです。

 お母さんが自分の辛さを和らげてくれる。これは赤ちゃんが最初に学ぶことで、その学びがやがてその赤ちゃんの将来を通じての人生の基本になるのです。今の時代にお母さんといいきるのは語弊があるかもしれません。お父さんでもお祖母さんでも、あるいは保育士さんでもいいのですが、養育者と子どもとのつながり、つまり不安になった時に親しい人に近づいてなだめてもらうことを期待する気持ちが育つことがその人の将来にとても大切な要素になるのです。このつながりを専門用語で愛着形成、アタッチメント形成といい、この理論をアタッチメント理論、愛着理論といいます。これについては近年、日本でも海外でも多くの専門的な研究が進められていますが、詳しい内容についてはここでは省きます。

 このようなアタッチメント形成は人間だけでなく多くの哺乳類、鳥類にも見られます。赤ちゃんが世話をしてくれるお母さんを見分け、不安な時、つまり危険を察知した時は本能的にお母さんに近づく。これは生きるための動物の本能です。人もこの本能を持っていますので、それが正常に働くことで本能的な不安を和らげて未知の物事に挑戦する勇気が出てくるのです。』

 

 次回は次の発達段階、イヤイヤ期のご説明をします。

講演会原稿 「思春期の心性」1

 先日、名古屋市の生涯学習センターで思春期の心性についての講演をしましたので、長くなり、また過去ブログと重複しますが、何度かに分けて全文を掲載いたします。

 

 『思春期という時期が人生にとって大切な時期、節目となる時期だということは古今東西言われてきたことですが、その基本に何があるか、それはとてもシンプルに生物学的な変化を遂げる時期だということがあります。生殖可能な肉体に身体が成長を遂げる時期です。動物では生殖可能な年齢に達すると親から離れて自立していきます。そうしないと種が保てないからですが、人は思春期になってもすぐには親元から自立できません。さらに成人になり社会的に自立できるまでに10年前後を要するのです。このギャップが様々な葛藤につながります。思春期が人にとって大変なのは、この時期に自立不可能だということとつながっています。

 今日来ていただいたみなさんはどのようなきっかけでいらっしゃったのでしょうか?思春期の心に関心を持ったきっかけが何かあるのでは?と思います。身近なお子さんが思春期の入り口に入り、何かの変化が現れたのかもしれません。あるいはこれから思春期を迎えるおこさんがいらっしゃるのでその準備のためでしょうか?思春期のお子さんの気持ちを知り、その言動にどう対応すればいいのか迷っていらっしゃるのかもしれません。

 大人になった私たちは皆、思春期を通り過ぎているのですが、不思議なことに大人になるとその記憶があまり残らないのです。「何かわからないけれどイライラしていた。」「つまらないことで親に突っかかっていた。」

 ごく普通の人はこんな風に思春期について表現することが多いのです。何か一種の解離、解離というのは軽い記憶喪失のような者ですが、そういう意識の断裂が自然にあるのかもしれません。そういう不思議な体験が思春期にはあるようです。

 この、思春期の心に何が起こるかを説明する前に、思春期までに人が到達すべき発達を大雑把にご説明したいと思います。』

 

 大変な長文になってしまいますので、いくつかに区切ってアップしたいと思います。次回より思春期までに到達すべき発達として「アタッチメント」「イヤイヤ期」「エディプス期」の三つを挙げ、ひとつづつ説明していきます。

思春期心性と不登校 2

前回、思春期は劇的な再編成の時期、と述べましたが、つまりそれは「自分の意志決定」を獲得するために親との距離を取らないといけない時期ということです。

 思春期自体は性の目覚めを体験して身体的に大人になる時期ですが、それは無意識的なエネルギー、精神分析用語でいうリビドーの大きな変化をもたらします。エネルギーはイライラ、怒り、攻撃性にもつながりますが、反面、意志や創造性や生きる意欲そのものの源泉にも変わります。つまり生かしようによってとても豊かなものに変わっていく力なのですが、それを生かすにはそれまで作り上げられた基礎部分がとても大切になってきます。つまり幼児期、児童期を通して自我が成長しているかどうかが大切になってくるのです。

 思春期に不登校になる子の生育歴の聞き取りをすると、幼児期の反抗期がなかった場合と極端にひどかった場合の二通りがよくありますが、前者が大部分のようです。子どもにとって親に反抗することは大変な勇気のいる行動なのですが、それは親に見捨てられたら文字通り生きていけない哺乳類にとって本能的な恐怖を伴うからです。

 赤ちゃんは自分の怒りを意識できず、怒ると相手が(世界が)自分に向けて攻撃してくるように感じるために、不安におびえることになります。養育者とのやり取りの中でその不安を和らげながら怒りを相手のものでなく自分のものとして体験することができて、はじめてあの「イヤ!」が発せられるのです。つまり「イヤ!」はそれを言っても自分は見捨てられることはない、受け入れられると感じることができて初めて言えるのです。そしてそれを現実に言うことで、それを言っても実際に大丈夫だと安心でき、それからもっと進歩すると、何が「イヤ」で何が「いい」のか、自分は何を望んでいてお母さん(お父さん)は何を望んでいるのか、お母さんの(お父さんの)求めることを受け入れるべきか拒否すべきか考えることができるようになる基礎ができるのです。

 幼児期にそれを体験しなかったということは、言い換えるとまだお母さん(お父さん)を試してみたことがないということです。なぜ試せなかったのか。お母さんの望むものが自分の望むものと違うと思わなかった場合もありますし、怒ることに不安が強すぎて怒りを見ないようにした場合もあるでしょう。

 そしてこの幼児期の反抗期はちょうど思春期の反抗期の予防接種のようなものと考えるとよいでしょう。幼児期に「イヤ」を言え、そしてそれを適切に扱ってもらえた子供は(つまり周囲がそれに過度に振り回されず、その中の思いをくみ取ってもらい、意志の出し方を覚えていけた子は)思春期の反抗期もうまく体験できる可能性が高まります。自分が少々言い過ぎても親は動揺せずに受け入れてもらえると感じるならば、一時的に怒りをぶつけることがあってもうまく対処できるようになっていきます。

 半面、不登校になった子の生育歴を聞いていくと、怒りの感情を上手に表現できなかった(あるいは表現すること自体がほとんどなかった)ことが多いのですが、これは本当に怒らないのでなく、怒ることに無意識に不安を感じているからと受け取るのが正しいのだと思います。本来未熟なはずの子どもが怒りや欲求不満を感じないはずがないからです。

 不登校は内向きの反抗期と私が言うのはこういった意味です。怒りや自己主張を外に出すための練習ができていないために思春期に不安が高まってしまうからです。

 

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