生きにくい、自分が分からない人のためのセラピー

 これまでのブログにも書いたように、私たちは自分の意識がひとつであると思って生きていますが、むしろ複数の人格が交代で一人の人の中で出入りしていると考えた方が合理的だという考え方が、近年のセラピーでも出てきています。

 リラックスしてゆっくりと休んでいる時と、大きな不安やストレスを抱えている時では、身体感覚も思考の内容も感情も異なるのは皆同じでしょう。けれど大抵の場合は、その二つが違っても連続する自分であるという意識がありますので、それほど問題になることはありません。

 しかし例えば、子どもの頃から不安に晒されたり、見捨てられたと感じたり、周囲の助けを得られない場合、人はそういう部分を自分自身のものとして受け入れられないまま、自分の意識から追い出してやり過ごそうとします。そしてそのまま生き続けていけるように、いろいろな「門番さん」(自分を守る自分)が出現して環境に適応しながら生きていこうとします。

 「門番さん」は不安を感じてその人が機能できなくなることから逃れるためにできた、条件反射のような性質のもので、人によって千差万別で、しかも一人ではないことが多いです。例えば飲酒や過食、暴力や過眠なども、自分自身で受け入れられないような感情を感じないようにするための「門番さん」と見なせます。そして「解離」は門番さんの基本的な方略です。これらは不安な感情が出てきた時、いち早くそれを消すためにできた「門番さん」です。1)ではこれを「消防士」と呼んでいます。

 これとは別に、外的な適応を良くして不安や恥に直面することを目的にした、主に養育者や社会環境から取り入れられた門番さんもいます。1)ではこれを「管理者」と呼んでいます。

 参考文献の分けかたは、とても理にかなっていて私の経験的な感覚とも一致したので、その分け方を取り入れさせてもらいました。

 問題はこの「門番さん」たちと追い出され、普段は意識しないようになった、見捨てられた自分、そして大人の合理性を持った自分との関係性がうまくいかない場合、その人にとって非常に厄介な状況になってしまうことにあります。

 例を挙げましょう。ある人が子どもの頃、親子関係や学校でのいじめなどで非常に辛い思いをしたとします。それを何かの理由で誰にも、両親にも打ち明けられずにひとりで抱え込むしかなかった場合、その子は自分で自分の不安をなだめることができずにいくつかの「門番さん」が出現したとします。

 ある門番さんは、「辛い時は寝てしまえ」という方策を取るとします。これは消防士の門番さんです。別の門番さんはもっと成長してから現れて「辛い目に逢わないために、相手が文句を言えないぐらい完璧にこなすべき」という方策を取るとします。

 その人が成長し、対人関係や勉強、仕事で大きなストレスを抱えるような場面に遭遇した時、完璧にこなそうとすると眠気が出てできない、というような現象が現れるかもしれません。つまりふたりの門番さんが同時に出現して争っている状況です。そして意識的な自分はどうしてそんなことになるのか分からず、自分は怠けているのだ、自分はダメなのだと自分を責め、ますます悪循環になってしまう・・・というようなことが実際に起こります。今の例はとてもシンプルなものですが、そういう自分の中の対人関係のこじれで多くの人が苦しんでいるのです。

 あるいは、自分の耐え切れない弱い恥ずかしい部分を周囲の人に見るという「門番さん」的方策もよくあります。これは精神分析用語でいう「投影」です。この場合はその人が自分を責めることからは免れますが、自分の耐えられない気分や感情を排除するために常に怒ってしまったり、常に誰かを助けるためにくたくたになったりすることになりますし、その相手との関係もこじれてしまったり自分が疲弊することがあります。

 さまざまな「門番さん」たちと、隠され、意識に昇って来られない「追放者」1)そして大人としての知恵のある自分、そのようなたくさんの自分との関係をうまく保つことが、私たちがよりよく生きるために大切です。

 そのためにはまず一人一人の人格を同定し、お互いの関係性を確かめた上で関係を修復するという作業が必要です。この作業は少々難しいので専門の心理士と一緒にすることをお勧めします。

 今は適応的でない「門番さん」も多いのですが、それらは皆、私たちが生きていく歴史で私たちを守るためにできたものですので、どの自分とも喧嘩せず、排除せず、その人格の訴えに耳を傾けていくことが、自分が癒されるための大切なプロセスです。

 そして自分の中の一番恥ずかしい、弱い、隠したいと感じる部分こそ、一番助けが必要な自分なので、その部分を助け出し、一緒に生きることが最終目標です。私の中の「私たち」はチームです。いつもつながって助け合う必要があるのです。

 この理論からできたセラピーは誰にでも有効ですが、特にトラウマ、解離、不安、気分障害の問題を抱える人には有効なようです。

参考文献:1)内的家族システム療法スキルトレーニングマニュアル 岩崎学術出版社

     2)自我状態療法実践ガイド 岩崎学術出版社