人格内対人関係という考え方 スプリット、解離状態の自己へのアプローチとして

前回の「人の脳の発達と性格の成り立ちについて」で、人の人格を司る脳は元々系統発達的にも個体発達的にもかなり異なる性質の部分が、生後長期間をかけて連結統合していき、一人の人格に成熟していくという話をしてきました。健康な成人でも思い当たると思いますが、人は場面場面でその人の感情も認知もかなり異なるものです。

例えば、真夜中に考えること、感じることと明るい日中に考えること、感じることは、大抵の人は大なり小なり異なると思います。体調の悪い時はイライラしたり落ち込んだりします。

危険にさらされたり、長期間孤立したり精神的に追い詰められたりすると感情だけでなく人生観やものの見方も変わってしまいます。

このようなことは頻繁に起こることですが、大抵の人の心の中ではその移行はそれほど極端ではなく、また適応的でもあるので、問題になることが少ないのですが、前回お話した「内在化」までの過程に問題があった場合、つまり人に頼れないとか世界は安全ではないし、自分で自分を守らないといけないと扁桃体つまりゲートキーパー(門番)が過剰に構えてしまった場合、しばしば起こる現象ですが、軽い解離が起こることがあります。例えば硬い殻のように、内部のもろい(と感じている)依存的な自己を守る役目として、ゲートキーパー役の人格が立ちはだかることはしばしば見られます。

その方略はさまざまで、ある人は強迫的に自分の義務を果たすことによって守ろうとするかもしれませんし、ある人は怒りによるかもしれません。ゲートキーパーは元々扁桃体由来の反応なので、戦うか逃げるかという、その人の弱い部分を守ろうとする働きを担う人格となります。それが適応的な間は問題になりませんが、何かのきっかけで不安が強くなると、あるいは長期間不安や緊張に晒された場合には、しばしば暴走してしまい、守るよりもその人を苦しめる結果になる場合があります。あるいは周囲の親しい人を苦しめることもあります。

ゲートキーパーは危険を察知してそれを回避するための、一番素早い反応ができる部分ですが、不安に敏感で論理的思考は本来苦手です。また、安定したアタッチメント形成ができなかった場合、親密になることや近づくこと、助けを求めることが危険なこと、あるいは弱みを見せることとしてゲートキーパーが認識するために、対人関係を持つことや支援されること、他者の良い部分を取り入れることが難しくなります。その結果親密さを求めるアタッチメントの本能を阻害して、最初に語った、人格の連結や統合が不完全になりやすく、一人の人の中に複数の自己がいるような状態になることがしばしばあります。

この場合、人格が交代すると記憶まで失われてしまうものがいわゆる多重人格と言われますが、そこまででなくとも自分の中に複数の自分がいて、一方がもう一方を恥じて隠したり守って表に出ないようにするような形で存在しているケースはしばしばありますし、それについて敢えて口に出すことも意識することもなかったという場合は多いものです。

このような場合、これまでの精神分析的セラピーのアプローチではそれに触れられるまでに長い時間を要してきました。そして陰性転移という形で出現してからやっと取り扱うことができるようになるのですが、その過程はセラピストにもクライエントにも費やすエネルギーも大きく、期間も長くなります。

でもこのような場合、セラピーの早期の段階で、クライエントの人格内の複数の自己を同定して、その一人一人の個性や目的、物の見方を確認しながら、他の自己とどのような関係を持っているかを見ていくことで、クライエントは自分の中の複数の自己に関心を持つようになり、セラピストに自分の全体を理解されているという感覚をより持ちやすくなります。

その際に大切になるのは、クライエント自身の中にある、合理的で客観的な思考ができる部分が存在するということをセラピーで確認できることだと思います。

私はそれを「大人の自己」と呼んでいます。それは前頭葉の働きだと脳科学では言われます。

大人の自己が、不安に乗っ取られずに各人格を客観的にみられることが、セラピーの初期の目標で、それをセラピストである私がお手伝いするという形になっていきます。

これを私は人格内人間関係と呼んでいます。目標は、このひとつひとつの自己がどれも尊重されながら、お互いにゆるくつながりながら変化していくことで、クライエントのそれらの内部の人間関係の中に、セラピストとしての私も加わって、一つの自己に乗っ取られることなくお互いに調和しながら成長するという形にできることが理想です。

この方法はほぼ私自身の経験から発見したものですが、その後同じようなやり方で「パーツワーク」や「自我状態療法」と呼ばれるセラピーがあり、それらはやはり複雑性PTSDやボーダーラインパーソナリティ症などの、比較的難易度の高いクライエント向けのものであることを知って「なるほどな」と思いました。

ただ、この方法でうまくいって、人格内の連結ができた後にも、後期にはやはり精神分析的なアプローチや、陰性転移は取り扱う必要があるのではないかと思います。でもそれらは初期に精神分析的アプローチだけでぶつかるそれよりもよりマイルドになるだろうと予想しています。