下手な怒り方、上手な怒り方

 難しいお話が続いているので今回はちょっと本題から離れた、身近な問題についてお話したいと思います。「怒り」についてのお話です。

最近、気が付いたのですが、日本人は怒り方が下手な人が多いように思うのです。特に女性の場合は、子どもの頃から怒りの感情を持つこと自体が悪いことだという価値観を持たされることが多いせいでしょうか。怒りを感じることに恐れを持つ場合も多く見られます。

怒りは元々扁桃体の闘争逃走本能の戦いのモードで、生物が自分を守るために本能的に備わっているものです。なので怒ること自体には、自分の身体や心を外敵から守るという大切な意味があります。

怒るべき状況、例えばブラック企業で安い時給で身体を害するまで働かされた時や、パワハラを受けた時、家庭で夫や妻に理不尽な要求をされたりDVを受けた時などは怒らないと自分の心身が損なわれ続けます。もちろんこの場合、怒るというのはまず心の中で怒りを感じることで、その場で切れて暴力や暴言を吐いたりするとうまく相手に通じず、結果的に自分が損をしますから、怒りの出し方には注意する必要があります。ですがまずその状況、自分の尊厳が冒されているという状況に怒りを感じることは、自分を守ることですし、状況を変えるための原動力になります。

ところが自分が体験した理不尽なことに「怒りを感じる」ということさえも難しいという人も少なくありません。これには人によっていろいろな背景があるようです。例えばある人は見捨てられることに強い不安を感じるために、怒りを感じるべき時に「自分が(自分も)悪かった。」と思うことによって怒りを止める癖がついているのかもしれません。あるいは親、特に母親が娘に「そんなことで怒ったら良くない。」「もっと優しい人になりなさい。」と怒りを認めずに相手に従ったり許すことを求めるような育て方をした子どもは自分が怒ること自体が悪いことだと思うことがあります。

逆の場合もあります。扁桃体の闘争逃走本能は「ゲートキーパー」と名付けたように、不安や無力感を払しょくする力を自己にもたらします。幼児期に無力感、恥などの不安な状況に晒された人が、それを払いのける手段として怒りを利用することがあります。その場合はちょうどアルコールや薬に依存するように怒りに依存している状態のために頻繁に怒りの理由を探し出して怒ることが癖になってしまい、そうなることでさらに相手に嫌われて見捨てられるのではと不安が増してしまうという負の連鎖になることがあります。

あるいは「怒りを感じる」ことまでは本来感じるべき時に感じるけれども、それを出せる状況にないために我慢に我慢を重ねた末に言葉でうまく説明できず感情的に怒ってしまい、相手に伝わらずに感情的に怒る人というレッテルを張られてしまう場合もあります。

怒る人も怒らない人もいますが、私はこれらの人たちは怒り方が下手なのだと感じます。

怒り方、つまり自分が侵害された時の上手な自己主張の方法を身に着けるためには小さい頃からの積み重ねと努力が必要です。

怒り方の下手な人の一番多いパターンは「怒ったら相手に嫌われて見捨てられる」という、無意識の思い込みです。これは養育者との関係で培われた部分が大きいので、払拭は困難なことが多いのですが、まず「心の中で何を考えても表情や行動に移さなければ相手に影響はない。」ということを理解してもらいます。これは当たり前のことのようですが、怒り方の下手な人は案外「怒ること自体が良くないことだから心の中でも怒ってはいけない。」と思う人が多いのです。でも感情は自然に湧いてくるものですから止めることはできません。そして人はしょっちゅう、筋の通らないことにも腹が立つものです。渋滞していたり、電車に乗り遅れたり、暑かったり寒かったりどこかが痛んだりするだけでもイライラすることがあります。

イライラする、あるいは相手に腹が立ってもそれを出さない限り相手に影響はありません。そして心の中でいくら悪態をついてもいいと認める方が怒りが落ち着くのが大抵早くなるものです。怒りが時間が経っても収まらない時は大抵その人の心の中で「自分が悪いんだろうか?いいや相手が悪い。その証拠にあんなことをされたしこんなことも・・・」と何度も繰り返して考えています。繰り返して考えるほど怒りが強化されていくのです。

まずこれを頭に置いて、存分に心の中で怒ってから、最初の怒りが収まってきたら次に合理的な考え方で、「これを相手に伝えるのに最も効果的な方法はなんだろう?」と考える方がうまくいきます。怒りながらよりも冷静な頭の方が賢い判断ができるということです。

ただこの、言葉で自分の感じている思いを相手にうまく伝えるということはひとつのスキルですからかなりの練習が必要です。理想的には幼児期から思春期に、親や友人との間でそういうやりとりの練習ができるとよいのですが、怒り方の下手な人は練習までたどり着けなかったので、意識しながら相手に分かりやすく言葉で伝える練習をする必要があります。これも勇気と根気の必要な練習です。時間とエネルギーが必要ですし、一人でやるのが難しい時はカウンセラーに頼る方がうまくいくでしょう。

そしてそこまでの努力でもって練習をして言葉で伝えても伝わらない相手が世の中にはしばしば存在します。親や上司、パートナーがそのような人だとしたら疲弊して無力感を感じるか、諦めて去りたくなるか、怒り狂うかしてしまうかもしれません。それは本当に気の毒な状況だと思います。その場合はこちらの問題ではなく相手側の問題ですので、こちらが精神的に潰されないように物理的心理的に距離を取ることを考えましょう。

ざっと書いてみましたが、怒ってそれを相手に伝えること、怒りを建設的に使うことは対人関係のスキルとしてかなり上級なスキルですが、人を守り、その人が自信と尊厳を持って生きていくために欠かせないスキルだと思います。怒っていいことにはきちんと怒りましょう。