子どもの心が健やかに育つために必要なこと

情動調節の重要性

前回、複雑性PTSDと発達性トラウマは生育歴の中で繰り返される身体的あるいは精神的トラウマと密接な関係があるという話をしましたが、この点は誰もがすぐに理解できることと思います。ただ人は「ある」ものには関心が向きますが、「欠けている」ものにはなかなか目が向けられないものです。積極的な「虐待」を理解するのは容易ですが、問題がこじれる背景には子どもの心に対する周囲の大人の無関心や、間違った認識がかなり影響しているように思います。ただそれらに対して養育者も、そして成人した子ども自身も気が付かないままに、本人の心の問題だけに起因していると思い込むことはままあります。

アタッチメントや情動調節という概念が研究されてきて以来、人の心の健康は本人の記憶に残る以前からの積み重ねが基礎になって培われてきていると徐々に分かってきました。例えば赤ちゃんが泣いている時にどのようなあやされ方をしたか、興奮しすぎたときやぼんやりしている時に養育者がどう接したかまで遡ります。もちろん乳児の中にはいったん泣き出すとあやすのがとても難しい気質の子もいますし、逆にほとんど手がかからなかったという子もいます。けれど成長してからの子どもの信念や情緒の問題と関係が深いのは、生来の気質よりも、養育者がその子をどのように理解してどう接したかの方のようです。

たとえば母親が出産前後や子どものごく小さい時期にうつ状態が長引いた場合などのエピソードがあると、その子は母親に気遣ってもらう体験をする機会を失い、適切なフォローができる代わりの養育者がいない場合、後に精神的な問題を抱えるリスクが高くなります。

逆に適切で配慮のある養育環境がある場合、それは必ずしも母親でなくてよいのですが、それは子どもの心の健康にとって一生の財産になります。

私の意見ですが、子どもは母親だけでなくなるべくたくさんの周囲の心遣いに支えられて育つ方がバランスの良い健康な大人になる可能性が高くなるので、社会全体で子育てを助けるべきだと思っています。その子たちが精神的な不調や不安に脅かされることなく、生き生きと好奇心を発揮して、フロイトの目指したように、愛したり働いたりできるような大人になったならば、それは社会にとっての大きな財産となるからです。

ただ、現代の社会では子育ての責任が母親に大きく覆いかぶさってしまう仕組みになっているために、子育てに不安なお母さんがたくさん存在するでしょう。子どもにどう接していいのか分からないというお母さんは大変多いと思います。お母さん自身も不安が強い場合はなおさらでしょう。

子どもの自己肯定感を育むシンプルな方法

「子どもに自信をつけたい。」と願うお母さんも多いのですが、自信、つまり自己肯定感というものは「自分はここに存在してもよい。」という気持ちから来るものです。

何か価値のあることができるからということではありませんし、何かができることでもって自己肯定感を得ることを求めるならば、その人はそれを失わないように際限なく追い立てられることになります。

万能ではありませんが、とても簡単ですぐにできる方法があります。海外では「愛してる」という言葉を親子でも頻繁に使いますが、日本では言葉で伝えることは滅多にありません。

この仕事をしている中で、親子の間でも心のすれ違いがずいぶんあるのを見てきました。だから私はもっと、親しい人にこそ言葉で気持ちを伝えた方がいいと常々思っています。特に幼少期はお父さんお母さんが世界の中心ですから、赤ちゃんのうちから「大好きだよ」「お母さんの(お父さんの)宝物だよ」とどんどん言った方がよいのにと思っています。

子どもが生まれてきてくれた時は大部分のお父さんお母さんはそう思っていたことでしょうし、小さい頃から伝え慣れていると言う方も聞く方も照れずに済みます。何よりも言葉は無償です。いつもそう伝えられてきた子どもは自然に自己肯定感を育みますし、自分は基本的に価値のある存在だと思えるようにもなる可能性が高くなります。そういう子がもしいじめにあっても、自分は大切にされる価値のある存在だと思えるならば、それに対抗したり誰かに助けを求めたりする強さも持てるでしょう。

子どもの一生のお守りになる財産を提供できるシンプルな方法だと思います。

大人の発達性トラウマを考える

今回は子どもの情動調節の重要性や自己肯定感についての記述でしたが、これらは大人の複雑性PTSDや発達性トラウマを考える上でも大切な事柄だと考えています。つまり逆に今回述べたような部分が欠けていたために、「見えにくい」問題となってしまっている複雑性PTSDや発達性トラウマを抱えている人が大勢いると推測できるからです。見えにくくなっているために本人も周囲も辛さを理解しづらい、自分を責めてしまうという悪循環に陥っているケースも多いものです。

丁寧にそれをほぐしながら、カウンセラーが手伝いながら欠けたものを推測していき、その人自身の物語を見つけていくことは回復のために必要なことだと思います。