講演会原稿「思春期の心性」6

 お母さんとのカウンセリングで私が最初に目指したことは、まずお母さん自身の不安を鎮めることでした。大抵の不登校の場合

 お母さんの不安が本人に直接伝わりやすくなり本人もまた不安でゆっくりと休めないからです。お母さんには、C君の今の状態は本人の仮病ではなく心の不安が身体に出ている状態であることを伝え、C君の状態への私の見立てをざっと伝えました。そしてもしC君の不登校がこのまま継続しても、現在はいろいろな進路が選択肢としてあり、将来の不利にはなりにくいこと、私がこれまで出会ったたくさんの不登校の生徒も大部分が回復して元気に過ごしていることを伝えてお母さんに安心していただきました。

 お母さんとの週一回のカウンセリングで分かってきたことは、お母さん自身がご主人に対して不満を持っていたけれどもそれを見せずにこれまで過ごしてきたとのことで、男の子であるC君の気持ちを母親の自分よりもお父さんに聞いてほしいのにお父さんはC君との関りを諦めていることに対して不満を口にされるようになってきました。「これまでは真面目に働いている主人に不満を言ってはいけないと我慢してきたところがありました。あの子が反抗期がないと言っていましたが、あの子だけでなく私も主人に言いたいことを言わないできたのですね。」とぽつぽつとお話をされるようになり、ご自分の小さい頃がまんしてきた気持ちを語り、「息子には我慢させたくないと思ってきましたが、私の我慢があの子にも伝わってあの子自身も自分を出すことを遠慮してきたのかもしれません。」と仰るようになってきました。

 一方、C君はお母さんの不安が落ち着くに従って家の中では落ち着いてきてお母さんとも話をするようになってきました。一時期はしきりにお母さんに自分の今やっているゲームの話や関心のあるTVの話をしたがり、お母さんと一緒に居たがる時期がありましたが、しばらくすると家ではごく普通に過ごすようになりました。しかし自室で夜一人で好きな女性歌手のYouTubeなどを聞くことが増え、朝起きられなくなりました。私は担任の先生と話し合って、家庭訪問は週一回程度にしてもらい、「本人が出て来ない場合は無理に会おうとせずお母さんとお話するだけでいいです。C君と話ができたら登校を促すような話はせず、C君の興味のある話題を話してください。」とお願いしました。初めは隠れていたC君でしたが、半年ぐらい後にひょっこり顔を出し、何気ない話や好きな歌手の話などをするようになってきました。

 家庭では平穏に過ごせるけれど登校できない状態が続きましたが、二年になったある日、お父さんがお母さんにC君の生活態度のことで小言を言った時にC君は「お父さんは自分勝手だ!僕が学校へ行けないのは僕の責任だからお母さんに言わずに僕に言ったらいい!」と怒ってお父さんとお母さんを唖然とさせました。C君がこんなふうにお父さんに反抗したのは初めてだったからです。この件でお父さんもさすがにこれまでの対応を考え直してくれたようです。

 この件をきっかけにC君はお母さんへの不満、お父さんへの不満をお母さんに対して口にするようになってきました。そして面接の比にお母さんはC君を連れてきて「本人が先生とお話したいと言っているので連れてきました。」と。約一年半ぶりに私はC君と再会しました。