トラウマとその種類 トラウマセラピーについて

 トラウマの種類

 最近の臨床心理学のトレンドに「トラウマ」という概念があることはすでにブログに書きました。トラウマが注目されるようになった最初のきっかけはアメリカでした。戦地から戻った元軍人の多くが、不眠や悪夢、フラッシュバック、怒りやすさ、依存症などに苦しみ、元の生活に戻れないことからPTSDという病名とともにトラウマが注目されるようになったのです。

現在ではトラウマはPTSDのように命に関わる体験だけでなく、幼少時のネグレクトや虐待など、直接命に関わらなくとも救いのない状況が長年続いた後にも起こり、その現象は「複雑性PTSD」「発達性トラウマ」と名付けられて知られるようになってきました。

そして概念が広がっただけでなく、トラウマの原因についても解釈が広く取られるようになってきています。以前にも書いたように、実際に命に関わるような体験だけでなく、継続する暴力を受けることや見ること、大声での罵倒、そして恥をかいたり存在を否定される言葉を繰り返し言われることもその範疇に入ります。昔よく子どもに言われた「あんたは橋の下から拾ってきた。」なども、それを受け止める子どもによってはトラウマとなります。

トラウマは文字どおり脳の物理的な傷のようなものともなると最近の脳科学では立証されてきています。それは、①幼少時であるほど ②繰り返し継続されるほど ③助けてくれる人、理解してくれる人、逃げ場になる場所がないほど 深刻になります。つまり逃げ場のない状況で長期間辛い体験をするほど、大人になってから深刻度が増す可能性が高くなるのです。

比較的成長してからの単発のトラウマ体験と成長期の複雑な要因から来るトラウマはその質が異なり、それに対するセラピーも違います。

私自身は体験がありませんが、最近話題になるEMDR(眼球の動きを利用してフラッシュバックを防ぐセラピー)などはシンプルなトラウマには大変よく効くということです。クライエントにとって負担が少なく、短時間で回復するセラピーのようですので、それが適応的な人にはとても良い方法に思います。

トラウマに合わせたトラウマセラピー

 アメリカでEMDRやその他の短期間のセラピーが盛んな理由は、実際に銃による犯罪やレイプ、戦争体験など命に関わる体験をした後のPTSDが非常に多いこともあります。生きるか死ぬかの体験の後に起こるトラウマ反応への治療法が進んだ所以です。

ただ、日本の場合は直接命に関わらなくとも、子どもの心に関わる問題への関心が最近まで乏しかったために、長年に渡って安心感が欠如した状況で育った人は大変多い印象です。そのような場合にもやはり子どもの心にトラウマを残します。そのような複雑性PTSD、発達性トラウマの場合、短期間でのEMDRやその他のセラピーのみでは回復を見込むことが困難な場合が多いのです。

それは、発達途上の子どもの心がトラウマを抱えたまま生きていくために本来発達させるはずの身体的、情動的な成熟や、それに伴う他者とのコミュニケーションを学ぶ機会を失い、その代わりに自分を守るためにさまざまな手段を使って生き延びてきたからと言えるでしょう。例えば、解離や多重人格はその最も極端な例で、トラウマの記憶を忘れたり自分に起こったことでないと感じることで痛みに耐えたのです。他にもトラウマを与えた親に同一化して、親は自分のために叱ってくれたと思い込んだり、自分の身に起こった傷つきを恥ずかしいこととして忘れようとしたり、トラウマが引き起こす心の痛みの影響は無数にあります。

私たちの目指す心理療法は、そのようなトラウマを抱えながら生きていくことに困難を感じている方と話をしながら、ゆっくりと時間をかけて、セラピストの知識と感情を最大限に使いながら一緒に理解しようと努力して、子どもの頃には耐えがたかったその言葉にならない、時には意識にも上らない気持ちを、今度は大人として受け入れられるようになることを目標として対話し続けることです。もちろん、その際の苦痛を最小限にすることはセラピストの大切な仕事です。

確かにそれは時間と労力と金銭がかかる作業ですが、こと心の問題に関しては「急がば回れ」が一番確実で早い道と私は信じています。

発達性トラウマに対応したセラピーとして、ポリヴェーガル、メンタライゼーションは最近注目されてきています。それらの理論、特にポリヴェーガル理論についてはぜひまたの機会にお話したいと思うのですが、これらの理論も頭に入れながら、セラピーがトラウマの再演になることを極力抑えてゆっくりと進めていくことが大切です。それらの考え方もふまえた精神分析的な心理療法ならば、長期間続く複雑なトラウマの問題へのセラピーとして適切な方法だと思います。

 

 参考文献 愛着関係とメンタライジングによるトラウマ治療:素朴で古い療法のすすめ J.Cアレン

      ポリヴェーガル理論入門:ステファン・W・ポージェス

      レジリエンスを育む ポリヴェーガル理論による発達性トラウマの治癒:キャシー・L・ケイン ステファン・J・テレール

 

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