人の脳の発達と性格の成り立ちについて

 人の脳の進化的な変化を学ぶと、様々な階層に分かれている脳が縦横無尽にネットワークを張り巡らせて、人の性格が成り立っていることが分かってきます。今回は分かりやすくざっくりと単純化して説明してみます。

もっとも最古からある、扁桃体を中心とした、捕食者から逃げるか戦うか、さもないと凍り付く反応は一番速くて強力な影響力がありますが、これはとても生物的な反応で、これ自体に個性はありません。生きて動くことのできる動物ほぼすべてそれほど変わりなく作動する本能です。

その上の階層には(厳密には上ではなく周辺ですが)その本能を和らげる働きをするアタッチメント(愛着)の本能があります。この働きは、養育者のある生き物(哺乳類)全般にあります。扁桃体由来の強烈な不安に駆り立てられ、振り回されるのを防ぎ、養育者のそばに行けば一応安心できるという保証の元、探索行動に出たり、種によってはアタッチメントの延長上で群れを作る習性を持ち、他の個体との関係も持つことが可能になります。

人の場合、このアタッチメントに付随して、子どもは養育者からあやされたり遊んでもらったり言葉がけをしてもらいながら自分の情動を調整してもらう体験を動物よりももっと積極的に長期間体験することによって、自分の脳の最古の不安を調整する術を学びます。つまりアタッチメント(愛着)が成立した後、その愛着対象を取り入れてまねをすることから始まります。

よくSNSなどで「猫に育てられた犬」や「犬に育てられた猫」の動画がありますが、動物たちも最初の養育者のまねをして似ていくことを見て、ほほえましい気持ちになりますが、アタッチメント対象をまねる(取り入れる)のは哺乳類に共通する習性なのだと思います。

アタッチメントは人の場合、生後すぐには認められません。(この部分はまだ諸説あり、お腹の中の赤ちゃんがお母さんの声を聞いていて、生後すぐにそれを識別して安心するという話もあります)はっきりと認められるのは生後6か月ぐらいからで、人見知りが始まり養育者が見えなくなると泣くのでむしろ育児が大変になったようにも感じたりします。

アタッチメントが形成されてから、本格的に養育者の取り入れが始まります。お腹が空いて泣いていても養育者が来てくれて食物を与えられて満たされるという予測がついてくると、不安は圧倒されるほどのものではだんだんなくなっていきます。養育者のしぐさ、声の調子、癖などを、愛着関係が形成された子どもはとてもよく見て取り入れるのです。これを精神分析の専門用語では「内在化」と言います。

ちなみにこの内在化は動物にもあることから、言語を介さなくとも起こってくる現象のようです。動物は多分イメージのようなものを媒介として使い、時にはかなり複雑な問題解決能力も発揮します。

そして言葉や抽象概念はこの後、前頭葉を含む大脳が発達してから取得するものです。つまり生物の発達的にも個体内の発達でも一番後からできてくるものなのです。

この順番で個人の性格も成り立って出来ています。つまり扁桃体由来の不安→アタッチメント→取り入れ(内在化)→言葉、抽象化です。精神的な問題はこの中のいろいろな部分のつまずきから誘発されますが、ここで肝心なのは、最初の不安がもっとも強く、身体の痛みにも近く、一番普遍的、生物的なものだということです。最初に大きくつまずいた場合、それ以降の段階を無理やり通過しなければいけないことになりますから、それ以降の問題も大なり小なり抱えることになります。最初の問題は生物的、普遍的ですが、あとの問題になってくるほどその人特有のものを作り上げることになり、それが性格と認知されますが、最初の問題は「生物としての不安を抑えるためのボタンのかけ違い」のようなもので、その人個人の責任とは全く異なるのです。

例を挙げましょう。依存症の場合は、かなり早期にアタッチメントと取り入れによる他者との関係での不安の抑え方をうまく身に付けられなかったと考えられます。その場合、不安が沸き上がってきた場合への即座の解決としてその依存(アルコール、薬物、性、リストカットetc.)を選び、それを学習して繰り返しているとみられます。和らげられない不安を自覚することは誰にとっても耐えがたいので、少しでも早くそれから逃れたいと感じるでしょう。そう感じることは弱さではありません。が、その手段を選び続けて自分や周囲を傷つけることは前頭葉が判断することで、それは個人の選択と言えます。

精神分析では、この最後の部分、言葉を介在した抽象化を中心に発展して来て、やっと近年アタッチメントなどそれ以前の由来の病理に注目するようになってきました。精神分析は言葉を使い、一番上から少しずつ下に降りていく方法ですが、セラピーの頻度が高く、期間も長いために、言葉以前の内在化の部分も自然に扱えていたと言えます。精神分析のエッセンスを使った認知行動療法は、頻度と期間を短縮しましたが、そのために不安を鎮めるアタッチメントと内在化という自然な回復の余地が少なくなったというデメリットもあります。