人間の脳とアタッチメント11 DMNとTPN 不安定型アタッチメントの関係について

これまでは人類の脳の進化とアタッチメントの変遷を、主に乳幼児期に焦点を当てて考察して来ましたが、ここでは成人のアタッチメントに移ります。最近脳科学でDMN(ディフォルトモードネットワーク)という脳機能の概念が注目されてきています。これは、人が「何もしていない」リラックスした状態で活発になる脳領域のネットワークです。ボーっとしている時や考え事をしている時に働きます。DMNはまた、海馬や扁桃体とのつながりは大きく、過去の思い出に浸ったり、場合によってはぼんやりとリラックスするとき(DMNが活発な時)に過去のトラウマがフラッシュバックするという人もいます。

それに拮抗するような脳の働きとして、TPN(タスクポジティブネットワーク)というものがあります。これはどういう時に働くのか。それは例えば数学の問題を解いたり、真剣に考えなければいけない仕事に熱中するときに働く機能です。目標に向かって集中している時に働くネットワーク機能です。  TPNはDMNほど直接的には海馬や扁桃体などの情動を司る領域とつながっていません。問題を解くときにピンポイントで海馬にアクセスするように、必要な情報だけを目的に従って引き出します。

 このように人はTPNとDMNの間を行き来しながら、集中とリラックスを調整しています。

対話による仮説形成のプロセス

これまで私たちはDMN(デフォルトモードネットワーク)やTPN(タスクポジティブネットワーク)という脳内ネットワークと、アタッチメントや精神分析との関係について継続的に議論してきました。最初から明確な結論を持っていたわけではなく、むしろ対話を繰り返しながら仮説を検証し、推論を積み重ねるプロセスを経てきました。その結果として、以下のような理論的仮説が形作られました。

DMNと脳機能の理解

最初にDMNという脳のネットワークについて考えたとき、その機能は休息時や内省的な活動時に活性化するという一般的な知識にとどまっていました。しかしディスカッションが進むにつれて、DMNが情動処理や自己・他者理解(メンタライゼーション)に深く関与し、特に大脳辺縁系(扁桃体、海馬)と直接接続しながら情動や不安を整理する機能を持っていることが明確になりました。

私は、このDMNの働きが精神分析家ビオンの「α機能」と類似しているのではないかと考えました。ビオンによれば、養育者が乳児の未加工な感覚(β要素)を受け取り、安全で理解可能な形(α要素)に変換することで、乳児自身に心的空間が形成されます。大人になった私たちの中にも、常にこのような未加工の、名付けられないβ要素は存在しています。それに対して私たちはどのように対処しているのか?

私はDMNがこのα機能に相当する脳内の装置として、養育者のメンタライジングを通じて乳幼児期に発達すると推論しました。 さらに、DMNと対照的な機能を果たすTPNという脳内ネットワークがあることを再確認しました。TPNは具体的な課題の解決や合理的・論理的な判断に関与し、大脳辺縁系と直接の関わりを持ちません。DMNとTPNは相互に抑制的な関係(拮抗関係)を持っており、両者が弁証法的に交互に作用することで、創造的で深い思考活動が可能になると考えました。

アタッチメント不安定型の脳機能的特徴

このDMNとTPNの理解を土台にして、アタッチメントの不安定さ(回避型・こだわり型)に注目しました。 回避型アタッチメントは、養育者との情緒的つながりを極力避け、情動的な痛みや不安から身を守るための防衛方略を取ります。これは養育者からのメンタライゼーションが充分ではなかった時、自分の中に取り入れたメンタライジング能力もまた不十分な時には妥当な防衛だと思います。そのため、脳内では情動を処理するDMNの働きが抑制され、TPNの合理的で論理的なネットワークが優位となる可能性を推論しました。これは一見合理的な方法のように思われますが、長期間TPN優位の生き方が身に着くと、交感神経が常に優位となるために、心身の不調をまねいたり、情動を言葉で表現することが困難になるために身近な人とのコミュニケーションがうまくいかないというような問題も生じます。

一方、こだわり型(不安・抵抗型)の人々は、養育者のメンタライジングの不安定さに対して、養育者や重要な対象にに固執し、相手の気持ちを過剰に配慮することで不安から逃れようとする防衛手段を取っていると考えます。それはつまり、情動を整理するDMNが過剰に活性化することにつながります。その結果、過度な反芻思考や情動の不安定性が生じ、TPNの合理的機能が弱まることを推測しました。

私は、これらの仮説を検討しながら、脳科学的説明と臨床的観察との整合性を確認していきました。AIとの議論の中で生じる矛盾や疑問点については、その都度修正を加え、理論を洗練させました。

精神分析的心理療法とDMNの関連性の再評価 DMNとTPNに関する議論が深まる過程で、精神分析的心理療法、特に自由連想や転移という概念との関連性が自然と浮上しました。当初は、精神分析とDMNとの関連性について深く考えていませんでした。が、自由連想の状態は人工的に生じさせるDMNと言えるほど、類似しています。ということは自由連想がDMNの働きを促進し、分析家のメンタライゼーションが養育者と同様にクライエントのDMN形成や成熟を促す機能を持つ可能性があります。また、実際のところ、 分析場面における転移と逆転移のプロセスは、投影同一化とメンタライジングの相互作用と大変良く似ています。なのでそれを再現することで、クライエントが情動や思考を整理する脳内機能(DMN)を再構築できる効果があるのではないかと仮説的に考えています。また、この再構築プロセスが、TPNとの健全な弁証法的相互作用を回復し、クライエントが「考える」能力を取り戻すための治療的メカニズムであることも推論しました。 しかし、この結論に到達したのは、あくまで対話を通じた仮説的検討の結果であり、最初から精神分析の効果性を前提としていたわけではありませんでした。議論を重ねる中で徐々に整合性を確認しながら、DMNと精神分析の関連性を慎重に再評価していったというプロセスでした。ですが実際のセラピーの経験でも、長期間精神分析的なセラピーを受けてきた人は、過去のとらえ方や身近な人や職場での人間関係をどう考えるか、あるいは自分自身の気持ちについて語る言葉でも、セラピーを受ける前よりもよりバランスが取れた言葉で率直に語るようになります。

仮説的な結論の位置づけと今後の展望

これまでの一連の議論を振り返ってみると、私たちが導き出したのは次のような仮説的結論です。

•DMNは養育者のメンタライゼーションを通じて発達する脳内機能である。

• DMNとTPNは拮抗しながら弁証法的に作用し、創造的で深い思考活動を可能にする。

• アタッチメント不安定型の人々にはDMNとTPNのバランスに偏りが見られ、回避型はTPNが、こだわり型はDMNが偏っている。

• 精神分析的心理療法(自由連想、転移)はDMNの働きを回復