精神分析的心理療法と転移について

精神分析的心理療法が、ほかの心理療法と比べて長期間になりやすいのは、ほかの心理療法では通常扱わない「転移」という現象を利用することにあります。

「転移」という現象は、精神分析の始祖フロイトが発見したもので、簡単にいうと、分析を受ける人(患者)が分析家に向ける感情すべてを指していいます。フロイトによれば、この転移現象は、過去に患者が自分の大切な人(親等)に向けられた(無意識の)感情が、精神分析のセッションを重ねてゆくうちに次第に分析家に向けられるようになるために起こるといいます。

実は、こういう「転移」現象は、精神分析や精神分析的心理療法だけに現れるものではなく、すべての対人関係に、大なり小なり現れてくるもので、「なんとなく苦手だな」と思う人に対して、実は父親や母親のいやな部分を見ている、というように誰にでもあるものです。

精神分析的心理療法は、この「転移現象」を利用することで、他の心理療法よりもより深い部分からの心の統合を図ります。一般的には転移は、大雑把な区別として「陽性転移」と「陰性転移」に分けられます。つまり「ポジティブな」転移と「ネガティブな」転移という分け方です。

「ポジティブな」という言い方は、最近ではよく使われますから、お分かりでしょうが、「好き」とか「尊敬する」とか「頼れる」など、一般的に好感を持っている感情を指します。反対に「ネガティブな」転移とは、「嫌い」「にくい」「嫌だ」「苦手だ」というような、好感とは反対の感情を指します。

ここで難しいのは、必ずしも「好き」という感情が「ポジティブな」転移感情とは限らないし、逆に「嫌い」という感情がネガティブな転移だけには留まらないことです。たとえば、昔の表現で「いやよいやよも好きのうち」とか、最近の表現では「ツンデレ」という言葉もありますが、人の感情は一概には言えないものです。あるいは、ストーカーやDVなどは、愛情の背後に怒りや憎しみが隠れています。

そういう微妙な気持ちを解きほぐしながら、カウンセリングを続けてゆくためには、セラピストのほうにもかなりの訓練が必要です。なぜならば、セラピストもまた人間である限り、転移感情から逃れられないからです。セラピスト側の転移感情は「逆転移」と呼ばれます。この「転移」「逆転移」という双方の関係は、避けて通れないもので、またセラピーのために生かされなければならないものです。

この「転移」のお話については、精神分析的心理療法の中で最も重要な現象ですので、この先も折に触れて出てくると思います。ただ一つお伝えしたいことは、その気持ちがどのようなものであれ、セラピーに不可欠なものですし、その感情を避けて通らずにそれを体験し、セラピストがともに理解することで、本当の解決につながるということです。

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